封神辞典-楊センの章

封神2大ヒーローの一人、楊セン。
原作中では清源妙道真君という仙号を持ちながら弟子を取らず道士の身分のままでいるという(少々イヤミすら感じかねない)設定から始まり、姜子牙が全幅の信頼を置き、華麗な勝利を重ねてかなりおいしいトコ取り、いろんな意味で特別扱いな彼。
彼は道教の神様としても有名で、二郎神・顕聖二郎真君として知られています。
『西遊記』ではこちらの呼称で登場し、天界で暴れまくるかの孫悟空と戦って一度は捕縛に成功しており、やはり基本的に最強ということにされているようです。

『封神』で出生の逸話が描かれている登場人物にナタや雷震子などがいますが、楊センは全くその辺りにはノータッチ。
一方『西遊記』での彼は、玉帝の妹が人界に下り、楊氏に嫁して生まれた子、ということになっておりまして。つまり神と人とのハーフということになります。
天界トップの玉帝一族の高貴極まりない血と、普通の人間の血を一つの身に宿しているというギャップが、遠くて手の届かない「神」が実は半分は自分たちと同じ「人間」であるという親近感を生み出しており、これも彼の人気を表しているのではないでしょうか。

フジリュー版『封神』全盛期の98年、『封神』がらみの資料を求めて地元の図書館(のあまり人が寄り付かなさそうな「民話」「歴史」コーナー)をウロウロしていた際に、こんなお話を見つけて仰天したことがあります。
少々長いのですが要点をまとめるには短いので、全文引用させていただきました。

ヤン・エルラン

 天の神の二番目の娘があるとき地上におりて、ヤンという名前の人間とひそかに交わりを結んだ。娘は天に戻って男の子を産んだ。天の神はこの天の冒とくをたいそう怒った。神は娘を地上に追放し、ウー・イーの山を娘にかぶせてしまった。

 ところでこの天の神の孫はエルランと名付けられたが、生まれつきたいへん天分があった。エルランは大きくなると、八の九倍もの変身を自在にできる秘術を修得した。エルランは姿を見えなくしたり、鳥や動物、草や木、蛇や魚の姿に自由に変身することができた。さらにエルランは、海の水をからにしたり、山を移したりすることもできた。

 やがてエルランはウー・イーの山にやってきて、母親を救いだした。エルランは母親をおぶって運んでいった。彼らはとある岩だなの上で休んだ。
 母親は「たいへんのどがかわいた」といった。
 エルランは水をとってこようとして谷におりたが、戻ってくるまでにずいぶん時間がかかった。戻ってくると母親はもう見つからなかった。エルランがいっしょうけんめいに探すと、岩の上に母親の皮膚と骨といくらかの血の跡が見つかった。

 母親が消えたわけはこうである。
 そのころ天には太陽がまだ十個あったが、その十の太陽はまるで火のように照らして燃えていた。天の娘である母親はたしかに神性をそなえていたが、人間を相手に堕落し、エルランを産んだために汚れていたので、母親の魔力は弱っていた。それに母親はたいへん長いあいだ山の下の闇の中にいたので、急に日光にあたったいま、目のくらむような光に焼きつくされてしまったのであった。

 母親の悲しい最期を考えるとエルランの心は痛んだ。エルランは山を二つ背負って太陽どもを追いかけ、山を投げつけて押しつぶしてしまった。エルランは太陽を一つ押しつぶすたびに、また新しい山を一つ持ちあげた。
 こうしてエルランは、十の太陽のうちすでに九つをうち殺した。ただ一つの太陽がまだ残っていた。エルランがいつまでも追いかけるので、十番めの太陽はせっぱつまって、すべりひゆの葉の下に隠れた。エルランは探したが見つからなかった。だがその近くにみみずがいて、太陽のかくれ場所をもらして、「あそこだ、あそこだ」とくりかえしいった。

 エルランがもうすこしで太陽をつかもうとしたとき、とつぜん天の使者がおりてきて天の神の命令を伝えた「天と空気と大地には日の光が必要だ。神が創った生き物がすべて生きのびられるように、おまえはこの太陽を一つだけ残しておかなければならない。しかしおまえは母親を救い出してよい息子ぶりを示したので、お前を神にして、天のいちばん高い広間で私の親衛兵にさせる。さらに人間世界の善意をみはらせ、悪魔や鬼神たちを支配させよう」。
 エルランはこの命令をうけると天にのぼっていった。

 そのとき太陽は、すべりひゆの葉の下からまたはい出した。太陽は自分を助けてくれたお礼に、すべりひゆに強い生命力と日光を恐れる必要がない力を授けた。すべりひゆの下のほうにある葉には、たいへんこまかい白い露の玉がいまでも見られる。この玉は、太陽がその下に隠れたとき葉にくっついた日光である。ところで太陽は、みみずが土の中から出てくると追いかけ、裏切りの罰としてからからに乾かしてしまう。

 エルランはそれいらい神として敬われている。エルランは鋭くて傾いたまゆをしており、三つまたで両刃の剣を手に持っている。エルランの横には、たかと犬をつれた二人の家来が立っている。エルランはえらい猟師なのである。たかは神のたかであり、犬は神の犬である。エルランは動物が魔力を手に入れたり、鬼神が人間を苦しめたりすると、このたかと犬を使って彼らをこらしめるのである。

【引用】『世界の民話 9 アジア I 』(笹谷 雅 編訳  ぎょうせい  1976年)

これは、どこをどう考えても楊センとしか思えません…。
「天帝の一族の娘が人界のヤン(楊)氏と契り、男の子を生む」「八の九倍の変身→七十二変化の能力」「三つまたで両刃の剣→三尖刀」「犬を連れている→哮天犬」ときたら、ねぇ。
「ウー・イーの山」というのは、音から察するに武夷山(ぶいさん)かと思われますが、さて最大の問題は主人公ヤン・エルランというその名前。
「ヤン」は「楊」にすぐ繋がりますが、「エルラン」って一体。勝手に創作したにしたって随分な…。
と、本当に数年来の悩みだったこの問題、ある封神解説本に載ってた一つの単語が解決のヒントに。
「花郎」と書いて「ファラン」という中国語読みのルビがあり、「郎=ラン」と接続。ここまで来たら後は直感です。安能版『封神』で天祥が天化を呼ぶときの「二哥」に「アルコ」とルビが振ってあったのを思い出し「二=アル」。
ということは「エルラン」は「アルラン」であり、「二郎」。
よって「ヤン・エルラン」=「楊 二郎」ということだったんですね!!!
(最近ピンインを確認してみたところ「yang er lang」でズバリ的中。)

十の太陽を一つにしてしまうという話は、一般的にはゲイ(羽+廾)の逸話ですから、これが混在しているんでしょう。
九個の太陽を弓で射落としてしまい、ちなみにその妻は、月の女神として知られている嫦娥(じょうが)です。

また何かあったらどんどん追加していきます。

UPDATE 2003/11/10

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