ヤン・エルラン
天の神の二番目の娘があるとき地上におりて、ヤンという名前の人間とひそかに交わりを結んだ。娘は天に戻って男の子を産んだ。天の神はこの天の冒とくをたいそう怒った。神は娘を地上に追放し、ウー・イーの山を娘にかぶせてしまった。
ところでこの天の神の孫はエルランと名付けられたが、生まれつきたいへん天分があった。エルランは大きくなると、八の九倍もの変身を自在にできる秘術を修得した。エルランは姿を見えなくしたり、鳥や動物、草や木、蛇や魚の姿に自由に変身することができた。さらにエルランは、海の水をからにしたり、山を移したりすることもできた。
やがてエルランはウー・イーの山にやってきて、母親を救いだした。エルランは母親をおぶって運んでいった。彼らはとある岩だなの上で休んだ。 母親は「たいへんのどがかわいた」といった。 エルランは水をとってこようとして谷におりたが、戻ってくるまでにずいぶん時間がかかった。戻ってくると母親はもう見つからなかった。エルランがいっしょうけんめいに探すと、岩の上に母親の皮膚と骨といくらかの血の跡が見つかった。
母親が消えたわけはこうである。 そのころ天には太陽がまだ十個あったが、その十の太陽はまるで火のように照らして燃えていた。天の娘である母親はたしかに神性をそなえていたが、人間を相手に堕落し、エルランを産んだために汚れていたので、母親の魔力は弱っていた。それに母親はたいへん長いあいだ山の下の闇の中にいたので、急に日光にあたったいま、目のくらむような光に焼きつくされてしまったのであった。
母親の悲しい最期を考えるとエルランの心は痛んだ。エルランは山を二つ背負って太陽どもを追いかけ、山を投げつけて押しつぶしてしまった。エルランは太陽を一つ押しつぶすたびに、また新しい山を一つ持ちあげた。 こうしてエルランは、十の太陽のうちすでに九つをうち殺した。ただ一つの太陽がまだ残っていた。エルランがいつまでも追いかけるので、十番めの太陽はせっぱつまって、すべりひゆの葉の下に隠れた。エルランは探したが見つからなかった。だがその近くにみみずがいて、太陽のかくれ場所をもらして、「あそこだ、あそこだ」とくりかえしいった。
エルランがもうすこしで太陽をつかもうとしたとき、とつぜん天の使者がおりてきて天の神の命令を伝えた「天と空気と大地には日の光が必要だ。神が創った生き物がすべて生きのびられるように、おまえはこの太陽を一つだけ残しておかなければならない。しかしおまえは母親を救い出してよい息子ぶりを示したので、お前を神にして、天のいちばん高い広間で私の親衛兵にさせる。さらに人間世界の善意をみはらせ、悪魔や鬼神たちを支配させよう」。 エルランはこの命令をうけると天にのぼっていった。
そのとき太陽は、すべりひゆの葉の下からまたはい出した。太陽は自分を助けてくれたお礼に、すべりひゆに強い生命力と日光を恐れる必要がない力を授けた。すべりひゆの下のほうにある葉には、たいへんこまかい白い露の玉がいまでも見られる。この玉は、太陽がその下に隠れたとき葉にくっついた日光である。ところで太陽は、みみずが土の中から出てくると追いかけ、裏切りの罰としてからからに乾かしてしまう。
エルランはそれいらい神として敬われている。エルランは鋭くて傾いたまゆをしており、三つまたで両刃の剣を手に持っている。エルランの横には、たかと犬をつれた二人の家来が立っている。エルランはえらい猟師なのである。たかは神のたかであり、犬は神の犬である。エルランは動物が魔力を手に入れたり、鬼神が人間を苦しめたりすると、このたかと犬を使って彼らをこらしめるのである。
【引用】『世界の民話 9 アジア I 』(笹谷
雅 編訳 ぎょうせい 1976年) |